のっぽの思い出

ここでは管理人が聞いた
のっぽにまつわるちょっといい話をご紹介します。



 1 母のくれたのっぽパン

 私が子供のころ母とのっぽを半分こすると必ず母は3つに切るんです。
 両サイドは短く真中は長く。
 そして切った両サイドをくっつけて真中と同じ長さにするんです。
 それで半分こ。
 私には必ず真ん中の部分をくれました。

 何も分からず子供のころは母にその真ん中の部分をもらって食べていましたが、だんだん大きくなってのっぽを1本食べれるようになって気づいたんですが、のっぽは両サイドにクリームがちょっとだけ入ってない部分があるんですよね?
 そこを避けて子供にはたっぷりクリームの入ったところを・・・という親の愛を感じました。

 大人になるとあんまり気にならなくなってむしろ最後はさっぱり終われるのでそのパンだけの部分も好きだったんですが子供のころは甘いクリームの入っていないその両サイドの部分は先に食べたりしてました。
 
 そんな話を主人としながら食べていて、新しくなったのっぽを開いてみたら、両サイドギリギリまでたっぷりクリームが入っていました。

 やっぱり人の手ですね。
 そこに作り手さんの温かな愛を感じました。
 もちろん私はどちらののっぽも大好きですよ。


 
「みぃ」さんの書き込みより転載(2008/07)


 2 4つに切ったのっぽパン 母の涙

 私には弟がいるんですが、弟が産まれてのっぽを食べるようになってからは、のっぽを3等分するようになったんですよ。
 っていうことはのっぽは4つに切ることになるんですが、当然端と端をくっつけた母の部分のクリームはさらに少なくなっていて、弟とそれに気づいたときに「おかあさんのにははいってない」って話になって、次のおやつのときに2人で母に「おかあさんにぼく・わたしのクリームあげる」って言ってのっぽを開いて母ののっぽに入れたんです。
 その時母は無言で泣いていました。

 当時、私と弟はなぜ母が泣いたのかわからなくて母の頭をなでながらオロオロしてました。
 今は親になり母の気持ちがわかるようになりました。

 たぶん同じことを我が子にされたら私も同じように泣くでしょう。
 こういう思い出話はいっぱいあるんでしょうね(^-^)

 
「みぃ」さんの書き込みより転載(2008/07)


 3 のっぽとの別れを惜しむ

 今日、のっぽパンを1本食べた。

 特に日記に書くこともないこと。
 いつだって近くのコンビニやスーパーに行けば売っているし。

 でも、今日でそれが終わった。
 30年続いた当たり前の日常が、明日からなくなる。
 7月末でエヌビーエスが、パン製造・小売から撤退することになった。

 学生のとき東京に出て、のっぽが売ってないことに気づき、静岡ローカルだったことを知った。
 地元沼津に帰ってきて、のっぽがある日常を違った目で見られるようになった。
 ここにしかないものを好きになることは、ここにいることを受け入れること。
 このまちで暮らしていく自分を認められる気がした。

 幼稚園の帰りにスーパーで買ってもらったのっぽ。
 給食のコッペパン。あずき色の箱。
 アルミパックの給食ご飯。フタに字を書いて遊んだ。
 社会科見学で行ったエヌビーのパン工場。
 帰りのバスでおみやげのパン袋をまちきれず開けた。
 大きさにつられて選んだのっぽ。

 思い出はつながっていく。
 みんなの想い出がつながって、世代が生まれる。
 静岡の沼津で育った僕らは、そう、のっぽ世代かもしれない。

 今日でお別れなんて、まだ信じられない。
 いつもあたりまえにあったのっぽパン。
 いつまでもあると思っていた。

 離れて見えることがある。
 失って気づくことがある。

 繰り返しの毎日は決して戻ることはない。

 さようなら。
 ありがとう。
 いつかまた会おう、のっぽ。

 
「まるは」さんの日記より転載(2007/07)